2008年09月22日

筑土八幡神社

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境内左手の宮神輿こっそりカメラでかいです。。3尺以上はありそうがく〜(落胆した顔)

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酒問屋の大棚:升本喜兵衛さん    おおがく〜(落胆した顔)筆記具のゼブラもひらめき

昨日の日曜日は。。お彼岸ですので。。もちろんいつものお墓参りに朝7:30に出発車(セダン)。。11:00前にはお墓参りを済ませ、都心まで帰って来ておりましたわーい(嬉しい顔)。。息子が神楽坂で買い物があると言う事で。。嫁と息子をお店の前で下ろして。。約30分ほど時間が空いてしまいました。。。神楽坂から、何気なく車を走らせていると、信号待ちで左手に「筑土八幡神社」が見えています眼鏡。。築土神社の祭礼が終わりほっとしていましたが。。。以前から気になっていた「筑土八幡神社」。。小さい頃からもちろん存在は知っていましたが、よく考えると境内に入ったことはありませんでした。。時間もちょうどいい頃合に空いているので、近くのパーキングに車を入れて、いざ境内の散策をすることにいたしました。その昔、築土神社は「筑土八幡神社」の境内に一時間借りのような状態でいたことがあったようです。。築土神社御由緒より。。。1552年(天文21年)11月には、上平河村内の田安郷(現在の九段坂上からモチノキ坂付近)に移転。当時の境内地は極めて広大でその地名を冠して田安明神とも称し、山王(日枝神社)、神田(神田明神)とともに江戸三社の一つに数えられ、江戸庶民の崇敬の的となった。然るに1589年(天正17年)徳川家康江戸入城の際、江戸城拡張(二の丸等築造)のため下田安牛込見附米倉屋敷跡(現在のJR飯田橋駅付近)へ、さらに1616年(元和2年)には江戸城外堀拡張のため新宿区筑土八幡町へと移転し、築土明神と改称した。。。。

筑土八幡神社はご祭神も、全く違い「応神天皇(おうじんてんのう)神功皇后(じんぐうこうごう)仲哀天皇(ちゅうあいてんのう) 」がご祭神です。江戸時代に徳川家の意向で、各神社には紆余曲折があったんだろうなぁ〜と言うことが想像できますね〜。。。

飯田橋で。。つくどじんじゃと言うと、よく筑土神社と書く方がいらっしゃいますが。。。千代田区の築土神社とはの字が違います。。ご祭神も全く違います。。築土神社は<主神> 天津彦火邇々杵尊 <相殿> 平将門公 菅原道真公なんですね〜。。しかし。。筑土八幡神社も由緒ある立派な神社でした。。二礼拍手一礼ぴかぴか(新しい)


posted by いけだ君 at 12:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 街の情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分も近くに住んでいながら行ったことないです。
気にはなっているものの、近いほど行かないもんですよね。・・・お約束の書き込みでした
Posted by S山(兄) at 2008年09月23日 10:57
S山(兄)さん>カキコあんがとさんです。。近くでも行ったことがない場所って結構ありそうなので飯田橋界隈探索をポチポチしてみま〜す(^O^)/
Posted by いけだ君 at 2008年09月23日 11:14
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